崩れる鉄壁 母さんは、無理をしていたのだろうか。 荻凪家初代の娘として生まれ、初代である父とともに最も過酷なときを乗り越え。 弱音を吐くことすら許されない過酷な環境で、母さんはどんな地獄を見てきたんだろう。 美しい容姿だと息子の俺から見ても思うけれど、髪の毛から伸びるのは 水神を親にもつことを皮肉なほどに顕著に表明する『ヒレ』 都に出るときだって、きっとつらいことが合ったんじゃないんだろうか。 でも母さんは気丈だから 母さんは強いから 母さんは消して弱音をはかないから。 その姿に、言葉を失った。 母さん、そんな顔しないで。 どうしたのかと、俺に教えて欲しい。 俺はそんなに頼りのない息子なのだろうか、母さんの心の支えにすらなれないのだろうか。 母さんは母として以上に、戦士としての自分を貫く生き方をしている。 そんな事は生まれたころから知っているけれども、俺は男で、女の母さんを守りたい。 母さん、どうして、そんな顔をするの。 常に強く生きようとするからこそ、鍛え上げられた『鉄壁』 どんな強敵にも怯まず、どんな苦境にも立ち向かう。 怯えなど微塵も見せない ―――――――ましてや涙など、弱さの象徴とばかりに母さんは見せはしない。 でも分かってるんだよ、母さん。 どんなに強くたって、心は疲弊していくものなんだ。 強がった分、どこかでしっぺ返しが返ってくる。 不公平なのに、どこまでも公平にできているこの世界。 薄暗闇の部屋のなか、一人背中を丸めて。 無礼なことだとは分かっているけれども耳をそばだてる。 そういえば今日都へと一人で出かけていった。 まだ鬼の爪あとがくっきりと残るこの都だけれども人が集まれば市ができる。 俺に言ってくれれば言ったのにといえども、自分の目で見なくてはと母さんは言っていた。 そう、あのとき、心なしか、いつもと様子が違った。 だから俺は母さんの部屋へときた。 気配に敏感な母さんが、俺が此処にいるというのに気づいた様子はない。 それだけ、それだけ傷つくことがあったんだ。 都の人に何を言われたのか。 慰めることを母さんは望まないだろうけど、けれど。 助けたいんだ。 もう一歩近づいて、暗闇に目を凝らす。 そうすれば、すこしでも、母さんに近づける気がして。 ……………遠いよ、母さん…… そういや、母さん、意外と人情もんに弱かったよね… |
『崩れる鉄壁』 リライト様からお借りした『物騒美人五題』より。 戻る |