不屈の輝原一族





生きていること


それがどういうことなのか、私にはわからなかった。
痛いほどの寒さばかりが記憶に生々しく、救わねばならないという両親の顔すらおぼろげにしか思い出せない。
手に違和感ばかりを残す剣は私には重過ぎるもので、どう扱って良いのかすら分からなくて。
分かるのは私が人とは違うということ。
金色の髪に茶の瞳、唯一記憶を占領する新雪のような白い肌。
恐ろしい速度で成長をする己の体が自分のものではないような気持ちを抱きながら私は一人目を開けた。

身にかけられた二つの呪い。
額で憎憎しいほどに美しい光を放つ翡翠色の宝珠はその霊障。
それを教えてくれたのは太照天夕子と名乗る美しい女神様、光の中にだけ存在する酷く遠いお方。


朱点童子を討てと、彼女はいった。


「……朱点…童子…」

それは私の敵なのだと、私の両親を殺した相手なのだと。
私はその『鬼』を打つために生き、身にかけられた呪いを解き両親のため見事本懐を遂げるために生きる。
そのための知識、技術、道具は神が与えてくれた。
生き延びることが出来ないその宿命を補うため、子種を残す手段も与えられた。
それら全てを利用して、私は生きる。


しかし、それは、『生きている』のかしら?




『ま、どう考えるかはお前次第、といったところだな.』

悪循環を続ける私に、『彼』は軽い調子でそういったことが、印象的だった。
齢1歳にも満たない私に子を授けてくださるという、焼津ノ若銛様という名の火神様。
急激な成長を余儀なくされた私に与えられたしばしの穏やかな時間は、初めての男性とのものだった。

『まだ時間はある。ゆっくりと考えるのもまた一興だと思うがな?』
ふわりと華の香りのするお酒を飲みながら、彼は微笑んだ。

どうしてなのだろう、少しだけ、前を向いてみようと思えた気がして。


そして


『おめでとう!可愛い男の子ですよ!』

その一言とともに、私の全ては豹変した。



「私の、子供…。」
目の前につれてこられた幼い少年。焼津様と同じ褐色の肌に炎のように赤い髪と瞳。
その鋭さが研ぎ澄まされた剣を思い出させて―――なぜか顔もわからぬ父を思い出させる。
私とはどれをとっても似ていないのに。

何よりも強く、彼が私の子供なのだと思えた。


「―――初めまして、梢。」
それが貴方の名前。
木々が芽吹くように、貴方の未来が芽吹くように。
「梢…」
「そう、私は薫。貴方の母です。よろしくね、梢?」
誰に教わったわけでもないのに、私は自然と柔らかな微笑をうかべて幼い少年を抱きしめた。

太陽の香りがする、小さな体。
きっと彼も私同様急激な速さで大人となり、戦場に身を投じることとなるのだろう。


ならば



この子を守りたい。
この子だけではない、これから生まれてくるであろう私の子供達を、守りたい。




やっとみつけた。
今ならいえます。




私は、生きています。





  



朱点童子を討つには、私はあまりにも無知です。
きっと全てが真新しく、私には新鮮なこととなるでしょう。
そして、私の命という短い時間では、朱点童子にたどり着くことは出来ないかもしれません。

故に、此処に手記を書き、私が知り得る全てを書き記します。

鬼達のこと、都のこと、そして何よりも子供達のこと。
ほんの走り書きとなるでしょうが、私の未来の家族へ。

初代・輝原薫



当主の記録
 初代当主  輝原薫



梢とともに都に降りて、その荒れ様には驚きを隠せませんでした。
飢える人々、足りない薬、泣き叫ぶ子供の姿。何も出来ない自分が酷く無力な存在に感じます。
その中私と梢の異様な髪の色や瞳の色はさぞ目立っていたことでしょう。鬼、という声も聞こえました。
覚悟の上ではありましたけど…梢の鮮やかな赤は特に目立つようです。しかし今は前を向きましょう、下を向いてはいけません、堂々と前をむいて、少しずつ理解をしてもらえばいい。

「…母さん。」
大丈夫よ梢。ゆっくり、微笑みながら進みましょうね。


生前両親が暮らしていたという家は今は荒れ果てていました。しかし、人がすんでいた暖かさはなくなっていません。
少しずつ修繕も必要なようですが……此処へ来る前に夕子様がおっしゃっていた『イツ花』さん、でしょうか、軒先は綺麗に掃かれているようです。

「あ!薫様ですね!」
イツ花はとても明るくけなげな娘でした。
きっと上手くやっていけると思えます。

庭には家一つほどある丈夫な蔵がありました。中には使えそうなものがいくつか仕舞われており、暫くは世話になりそうです。
庭は荒れ果てており、それは、少し残念です。
しかし…私の母にあたる方が植えたのでしょうか、まだ幼い木々が見えます。あれは…桜?
「母さん、早速、討伐にでかけるのか?」
…そうね、その前に、お庭を掃除しましょうか。私たちのお家ですからね、ご挨拶もかねて綺麗にしましょうね。


さて……何から始めましょうか。





一〇十八年四月 <鳥居千万宮>


家も落ち着き、最初は人見知りな様子も見せていた梢もイツ花に慣れたようです。
まだお外の方とは距離が遠いものの、少しはこの都になじんだ気がします。

そうそう、梢は齢4ヶ月になり、立派な青年に成長しました。
瞳は鋭さを増してとても男の子らしい風貌ですし、父君である焼津様を真似しているのかしら?髪も長くなって―――
「…別に、焼津様の真似をしてるわけじゃぁ…」
ふふ、とてもよく似合っているわ。

今月は鳥居千万宮へと討伐に行くことにしました。
そこで黄川人、という名の少年に出会いました。が…不思議な少年です。
鳥居が連なる様子に驚き、最初はその仕組みにも戸惑いましたが…偶然とはいえ梢の勘には助けられました。
まだ戦いの要領も得ておりません、梢とともに一月かけて体に覚えさせることにしましょう。
初めての『敵』にまだ勝手が分からないため多少手間取りはしましたが…だいぶ体が動くようになってきました。
梢は母上であるお輪殿の跡を継ぎ、薙刀士として先陣を切ってくれます。剣士である私のように一体だけではなく一度に多くの敵を薙いでくれるのは助かります。
幸い大きな怪我もなく、しかし一方収穫と呼べるものもありませんでした。次はもっと頑張ってみましょうね、梢。
まだ紅こべ大将には挑めませんが、もっと経験をつむ必要がありますね。

(以下鳥居千万宮の鳥居の法則性、および現在の京の様子についての記述が続いている)


一〇十八年五月 <交神:風馬 慎兵様>

少し悩んだのですが、今月は私の交神の儀を執り行うことにしました。
先月の経験を得て、戦力が欲しいという気持ちがあることも事実ですが、それ以上にもう一人子供が欲しいと思いました。
梢と短い時間ですが過ごしてみて、子供といる大切さは身にしみて分かりました。だから、もう一人欲しい。
妹か、弟か、梢はどちらがいい?
「…さぁ。でも、どっちでもきっといい子が生まれてくるさ。」
そうね、梢もきっといいお兄さんになるわ。

交神の儀には一月ほど掛かるそうです。
イツ花にお願いをして質素ではありますけど、交神用の装束に着替え、儀式をしてもらいます。
お願いするのは風神様でいらっしゃる風馬 慎兵様。期待するなよ、とのことでしたが…恥ずかしがり屋な方でいらっしゃるんですね。
けれど春風のように穏やかなお方でした。
一月の間お祈りをするという穏やかな時間を過ごしました。
どうやら娘ができたとのことですが…二月先まであえないとのことでした。
残念です。

(以下、交神についての記述が続いている。奉納点についてや様子についての箇条書き)


一〇十八年六月 <鳥居千万宮>

イツ花に聞いてはいたのですが、『復興』に手をお貸しすることが出来るとのこと。
少しは余裕も出来たことですし、お手をお貸ししました。すこしでも早く都の人々の生活が良くなればいいのですが…
そのために微々たる量でも良いですから、復興に手をお貸ししなさいね。

今月もまた鳥居千万宮に足を運びます。
以前は手馴れぬために殆ど前に進めなかったから、今月はもう少し前に行きたいのですが…
「母さん、紅こべ大将相手はまだきついみたいだ。装甲が硬い…」
そう、ね。力不足を否めません。
ごめんなさい梢、貴方に怪我をさせてしまったわね。

まだなれていないのは、私のほうかも知れません。
焦りが出たようです。

(鳥居千万宮千までの敵の情報が羅列してある。相手が取りがちな戦略や何体程度で出現するかなど。)


一〇十八年七月 <相翼院>

待ちに待った娘がやってきました!
膝頭とくるぶしの形がまん丸で可愛いとイツ花が伝えてくれましたが、ええ、とても愛らしいです。
膝頭とくるぶしだけでなく、全部がお人形のように愛らしい娘。
兄である梢と同じ燃えるような赤い髪の毛に、風馬様譲りかしら、緑色の鮮やかな瞳がとても綺麗でした。ふふ、でも、白い肌は私に似たのかしら?
「はじめまして、お母様。」
はい、初めまして。
とてもお行儀のいい娘で、私のほうが気をつけなければならないかもしれません。
続く時の流れのように長く生きて欲しいという気持ちから、環(たまき)と名づけました。
来てすぐ蔵に仕舞ってあった弓を日干ししていたところ興味を示したので、弓使いにすることに。自身に心得がないので正しく指導できるかは不安ではありましたが…そこはイツ花も手伝ってくれました。

私が環の指導についている間、梢は単身相翼院の様子を見に行ってくれました。
一人で行かせることは身が切られるような思いでしたが…今月で梢も元服を迎えます。一人前の男です、なので信頼するのも母の役割というものでしょうか。
「大丈夫だ母さん。俺は母さんの息子だ、引き際も心得ている」
と、頼もしくなったものだと感じました。

幸い大きな怪我はなかったようです。くわえて敵から得てきたという武器や名品も持ち帰ってきて…
無理をしなかったのかが心配です。
相翼院は水上にある屋敷のようで、橋で

「兄様、私も早く兄様や母様と一緒に討伐に出たいです。」
「お前はもう少し訓練が必要だ。今は耐えて、母さんの言うことをよくきくんだ。」

――――兄妹二人は仲が良くて、私は、なんと幸せな母親なのでしょう。

(子供の指導についての留意点、難しかった点など覚書程度のものが羅列されている。
 その後に相翼院の様子について箇条書きが続いているが、伝聞であることが明記されている。)


一〇十八年八月 <交神:みどろ御前>

私はもう一月環の指導についてやることにしました。
先月指導をしてみて、私の実力不足もあり、また実戦に出られるほどに育つためには二月見たほうが良いというイツ花の進言もありましたし、もう一月、しっかりと訓練をしましょう。
それでに戦いに出る前に、親子の時間を作れるのは私にとっても嬉しいことですから。

そんな中、今月は梢の交神の儀も執り行ないます。
彼も元服を済ませましたし、早すぎることはありません。そして肝心の女神様なのですが…
「俺の希望は特にないよ、母さん。分相応な方であればいいさ。」
まったく、貴方の交神なのよ?奉納点と相談しながら考えた結果、みどろ御前様にお願いしようということに。母としては梢自身が決めた方との交神を勧めたかったのですが…梢自身納得しているようですし、いいとしましょう。

今月は本当は討伐隊選考試合、というものが執り行われていたようです。ですが…まだ、実力が足りないと思い、辞退しました。
変わりに今上帝への挨拶をすませました。
帝とはいえまだお住まいもみすぼらしい物でしたが…少なくとも我々を受け入れようとはしてくれたと感じました。

儀式の間の訓練は充実したものでした。
私に弓の心得はありませんが…二人で書物を読んで勉強したりそんな時間の過ごし方もありなのだと嬉しく思います。
勿論、梢のことも気がかりではありましたが…あの子は、私以上にしっかりした子、きっと大丈夫だという確信がありますから。

「母性溢れる優しいお方だったよ」
そう、よかったわ。娘ができたの?早く会いたいわ、ねぇ、名前は考えてあるの?貴方に似ているのかしら?
って、ふふ、はしゃぎすぎかしら?けれど、嬉しいの、子供をなすことすら出来ないといわれた私なのに、孫の顔が見れると思うと嬉しくて嬉しくて、もう悔いはないって言うくらいだわ。
「母さん。悔いもないなんて、縁起でもないこと言わないでくれ。」
「そうよ!私の子供だって見てもらいたいもの!」
ふふ、そうね、ええ、沢山の家族に囲まれて、私は生きているって実感しています。子供たちも、イツ花も。大切な家族。

彼らを守るためにも、朱点童子に、一日でも早くたどり着かねばと決心を新たにしました。

(梢の交神についての覚え書きが続いている。また弓使いについて書物で調べたと思わしき情報が続いている)

一〇十八年九月 <鳥居千万宮>

今月より環が陣に出ます。初陣、ですね。
本当ならば子供を戦いへは赴かせたくはありませんが…仕方がない、とも思いたくはありません。
「いえ、母さん、やっと母さんの手助けをできるようになったんだもの、むしろ楽しみなくらいだわ」
まったく、やる気があるのはいいけれども無茶は禁物よ?
とはいえ環は実戦は初めてです、気をつけすぎるということはありませんし準備は万全にしておくことに越したことはありません。

すっかり一人前になった梢が前に出て積極的に戦ってくれるので頼もしいです。それだけでなく無駄になるときには待機をする頭のよさも兼ね備えているようですね。大人になりました。
環は弓使いですので後方支援ではありますが、初陣とは思えないほどに堂々としておりまして敵陣の大将を冷静に見極めていました。
敵も大将をなくしては陣形を崩すのですね…

「…母さん、狙われていたけど…傷ひどくないか?」
大丈夫よ、久しぶりの出陣で腕がなまってしまったかしら?

今月は収穫は多くはありませんが…環の初陣としては成果がだせたのではないでしょうか。

(初陣について弓使いの装束の作り方などが走り書きで続いている。弓使いを加えての戦法を考えたあとも。)


一〇十八年十月 <九重楼>

梢の娘がきました!!お臍の形がお母様のみどろ御前様にそっくりなんだそうです。
でも鮮やかな赤毛は梢にそっくりなかわいらしい子です。
「でも印象は母さん似だな」
「ええ、兄さんに似ず素直そうじゃない。名前はなんていうの?」
「…お前最近性格悪くなってきたな。」
まぁまぁ、喧嘩しないで。さぁ梢、この子の名前を教えて頂戴?初孫の名前が気になって気になって…
「……樹梨。薙刀士にするつもりだ。」
樹梨…いい名前ね!はじめまして樹梨、今月はお婆ちゃんと一緒に訓練をしましょうね?
「お婆ちゃんって…母さんそんな呼び方…」
「そ、そうですよ〜…おばあ様なんて、薫さま、じゃだめですか?」
いいの!私お婆ちゃまって呼んでもらうのが夢だったの!!よろしくね樹梨。
やはり『家族』なんですもの、こういう呼び方って大事ですからね。

ということで今月は梢と環に九重楼の偵察に行って貰いました。
本当は梢が樹梨の指導をつけたほうが効果的なのでしょうが…
「いや、俺指導っていってもどうしていいか分からないし…討伐のほうが向いてる。樹梨、母さんの言うことをよく聞くんだぞ。」
では…怪我をしないように。

とてもいやな気が充満した場所のようで心配ですが…
私は待っているだけというわけには行きません。薙刀については梢この訓練の中少しは分かってきたつもりです、樹梨に私が知っている最大限を覚えてもらいます。もちろん、書の読み方や手習いも。
…あらあら、お料理は苦手なのかしら?

戻ってきた二人にきけば、『熱狂の火』という期間にあたったようです。どうやら鬼たちの持っている宝の気配が分かりやすくなるようで…気の動きの変化なのでしょうか…?詳しくは分かりませんが…
月待ちの弓や白糸の襦袢などを多数持ち帰ってきてくれました。
とても助かります、ありがとう、二人とも。

(樹梨の性格や攻撃の特徴などの覚書が並んでいる。
 また九重楼について概観や鬼の様子などを簡単に箇条書きにされている)



一〇十八年十一月 <交神:淀ノ蛇麻呂>

先月一月間悩んでいたのですが…決めました。もう一度交神します。
「また、子供を?」
ええ、たくさんの子供に囲まれて…それが私の夢なの。ねぇ、妹と弟、どちらがいいかしら?
「どちらでも。…でも、本当にこの神様と?」
あら、環は気に入らないかしら?水神様なんですって、水は生命を司るといいますから、きっといい子を授けてくれるわ。
樹梨はあと一月梢に、お父様について指導をしてもらってくださいね。

イツ花に頼み、交神の準備を整えてもらいます。
淀ノ蛇麻呂様は蛇を司る神様、なのでしょうか?水神さまらしい風貌のお方でした。
こりゃいい役目だぜ、とのことでしたが、淀ノ蛇麻呂様もお子がお好きなんですね。いい神様にお会いできて光栄に思えます。
どんな子がくるのか、今から楽しみです。


一〇十八年十二月 <九重楼>

久しぶりの出陣となってしまいました。梢に任せきりになってしまい、母として恥ずかしく思います。
樹梨にとっても初陣となりますので気を引き締めて行きたいと思います。そういえば…はじめての四人での出陣ですね。
家族が多くなったのだとふと実感します。嬉しいことですね。――――だから、なおさら彼らを守らなければと思います。

今月は九重楼へといきます。梢、ごめんなさい、案内をお願いしてもいいかしら?
「ああ、任せておいてくれ。樹梨、お前今回は無理をせず後ろに下がっていろ」
「はい父さん。でも前に出てるときは頑張りますっ!」

ふふっ、梢もすっかりお父さんの顔ね。

九重楼は今までの所と比べて戦いやすいように感じましたが…それは多分敵の力に大きな差が少ないことと―――子供たちが確実に実力をつけていることが大きいのでしょうね。
もちろん無理は禁物です。楼が目前まで見えるところまではやってきましたが…奥に居る存在はこれまでの鬼とは違うようです、その殺気の強さが別格ですし、今回は深入りは止めました。
そのため見入りはけしていいとはいえませんが、子供たちの成長を感じる一月でした。
梢は術も着実に覚えており、薙刀と術を効率よく使えるようになりました。相手が多いときは助かります。
環も梢と討伐していたこともあり梢によくにて冷静で、必要があれば支援術も飛ばしてくれるのでありがたいと思います。
二人の成長には目を見張るものがありますね…
樹梨も積極的に前に出てくれました。これからも頑張ってくれそうです。私もまだまだ頑張らなくてはならないと思いました。

年の瀬ではありますが…まだ落ち着いて年を越す余裕はありませんね。
少しずつではありますが都も復興してきたようです。人が居る姿はとてもいいものですね、これからも微力ではありますが復興に手をお貸しするようにしていきたいと思います。
…まだ私たち家族は奇異な目で見られることは多いですが…きっと少しずつ変わってくれると思っています。

(九重楼についての簡単な地図と出てくる相手の編隊についての覚書が続いている。
 また術の覚えが年を重ねたほうが早いのではないかという記述のあとに、しかし体力ののびかたについては若い樹梨の勢いのよさを加えている)



一〇十九年一月 <九重楼>

息子が来ました!
とても元気そうな子で、イツ花はまだお乳を欲しがられると笑っていました。ふふ、梢や環たちよりも幼い印象がしますけれどとても可愛らしいです。とても元気一杯で、色黒の肌に赤い髪の毛は梢にそっくりです!
けれど、緑の瞳は環とそっくりですね、兄弟がそっくりなのは私もうれしいです。
…そうですね、その未来が無限に広がるようにという気持ちをこめ、悠と名づけました。
よろしくね、悠。
「すげぇ、一気に家族がたくさんできたぜ。」
そうね、私もうれしいわ。…私の後を継いでもらい剣士にすることとしました。自分の跡を継いでもらるのは、なんだか少しうれしいです。

京ではじめて迎える新年となりました。大変ささやかながらイツ花と環と料理を作りお祝いをすることができました。
お父上とお母上が朱点童子に挑まれてもう一年以上が過ぎたのですね…
お二人の敵を取りたいのはもちろんのこと、今は大切な家族のために一刻も早く朱点童子を討ちたいと思います。
………ええ、でも、まぁ私の中にとどめておきますが私は朱点童子には届かないでしょう。きっと子供たちに悲願を託すことになるであろうと感じています。…それまでに、せめて私ができることを。

「母さん、今月は俺に任せてくれ。母さんは悠の指導をしてくれ。」
「そうよ、梢兄さんの補佐なら私にまかせてちょうだい。樹梨だってもう一人でも大丈夫でしょうし」
…では、甘えてしまうようだけれども今月は悠とともに過ごさせてもらうわね。樹梨も気をつけるのよ?
「はい、かお――おばあ様。必ず成果を持って帰ってきますね!」」
すっかり子供たちが頼もしくなったと思います。
今月も先月に続いて九重楼へ。

悠との訓練は穏やかで、優しい時間を過ごせました。
この子は環や樹梨よりも幼く私のもとへときましたが、その分成長の早さも彼らより早いようです。
この子は上の二人よりも格段に運動能力が早い気がします。剣士という職にも興味をしめしてくれ、毎日水を吸う綿のような速さで物事を飲み込んでいきます。…ちょっと手習いは不得意のようですけどね。
けれどきっとこの子はいい剣士になるでしょう。

九重楼は、今月はさらに奥へと進んだようです。
七天斎八起という鬼に挑んだようですが…その鬼はどうも他の鬼とは印象が違うということでした。
九重楼の中を少し見ることができたようですが、また黄川人さんとお会いしたようです。神様、が最上階に閉じ込められている、ということでしたが…気になりますね。
収入がなくて申し訳ない、と梢が落ち込んでいましたが、みんなに怪我がなくて本当に安心しました。

(七天斎八起の特徴や攻撃方法について箇条書きで続いている。
 黄川人から聞いたという話も簡単に走り書きしてあり、『閉じ込められた神』について調べた後が。火の伝来について調べた様子が在る。
 今月末、体調に異変を感じた様子。見えないよう項をくっつけた中に体の異変についての走り書きが。変化の仕方なども)



一〇十九年二月 <鳥居千万宮>

今月、私も討伐に出ることを決めました。
短命の呪いが体を蝕む、とはこういうことだったのかと感じました。個人差があるとは思いますが私の場合は内臓が朽ちていくようです。
子供たちにも体調の変化は悟られているでしょう。
イツ花に頼み漢方屋から特製の薬を買ってきてもらいました。
私たちは神と血を交えているため、普通の薬では効果が薄いそうです。私は…両親は人ゆえ普通のお薬をとは思いましたが…最も濃く呪いを受けているため子供たちと同じなのだそうです。―――いえ、もしや、とは思いますが…いえ、関係ありませんね。
幸いこの京にも我々を怖がらず、それどころか新しい薬のいい実験になると喜んでくれた医者と出会うことができました。彼にはこの先も、きっとお世話になることでしょう。
少し苦かったですけど、はい、具合がよくなった気がします!良薬口に苦しといいますから。

今月は、久しぶりとなりました鳥居千万宮へといってみるつもりです。前よりは前に進めるはずですから。
「母さん、無理はしないでくれ。薬を飲んだばかりだし…」
いいえ、母さんを見くびらないで頂戴?さぁ、イツ花、私の装束を用意して頂戴。環、そうね、一応念のためお薬入れておいてくれる?ほら、備えあれば憂いなしっていうでしょ?
悠、樹梨お姉ちゃんの言うことをよく聞くのよ?

鳥居千万宮はあの頃と変わらず、不気味な場所でした。
けれど前よりも確実に手ごたえがあります。大丈夫、私たちはちゃんと強くなっています。
梢ももうすっかり一人前です。判断力もあり、環との連携もとてもいいです。環もしっかり梢を補佐し、でも補佐するだけでなく周りをよく見て動けています。二人とも成長したわね。
「…っ、母さん、顔が真っ青よ…!!今月は少し早いけれどもう帰りましょう!」
…そう?ふふ、子供に心配されちゃうなんてお母さん失格ね?
「何いってるんだ…!おい環、そっちの荷物は頼んだ!」
―――本当に、最後までダメな母親です。

帰るとイツ花が驚いた顔で駆け寄ってきました。出迎えてくれた悠や樹梨の顔を見ると、全身の力が抜けるようでした。
そして、目がさめたとき次の当主を指名するようにと言われました。
……梢に、当主を継いで貰いましょう。あの子ならば、きっと、私以上のすばらしい当主になります。

ごめんなさい、私は結局何も残せなかったわね。
「母さん…っ、もう、しゃべらないでいいから…!!」
あらあら、ほらみんな、最後は笑って送って頂戴?私はみんなの笑顔が、何よりも大好きだったわ。
「…母ちゃん、元気、ないのか?」
そうね、少し、疲れたのかもしれないわ。ごめんなさいね、悠、あなたの初陣を見届けてあげることができなそうだわ。
「………」
「……っ、」
ほら、二人とも。顔を見せて頂戴。梢のこと、支えてあげてね?私を支えてくれたように。梢はきっといい当主様になると思うの。
そう思うでしょ?そうそう、悠の手習いも、みて、あげてね。
イツ花も、本当に、ありがとう。あなたのような家族ができて、幸せだったわ…
「……薫様……」

本当に……ごめんなさい、ね…何も、残してあげられなく…て…
でも、私…………幸せだったわ……この呪いなんて関係、ないくらい…

大好きよ…だから、私がいなくなっても、笑うことを忘れないでね…
そうして―――――――――― 一日でも長く……生きてね…?


初代輝原家当主・輝原薫 
享年一歳六ヶ月


彼女が残した手記には以下の言葉が記されていた。

「いつも前を向いて歩いて行くのです。
 どんな悲しみにも負けちゃダメ。
 さあ、子供たちよ、私の屍を越えて行きなさい」







  
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