不屈の輝原一族




  


当主の記録
 二代目 輝原梢



母が没し、俺が『輝原薫』の二代目を継ぐこととなった。
母の手記をすべて読んだ。勉強になると同時に――――自分の無力さを思い知った。
…母の後をちゃんと継げる自信などない。それほどまでに母は偉大な人だった。
短命の呪い、母は望めばこの運命を無視することとてできたであろう、けれども母は受け入れた、それだけでなく一度たりとも弱音を吐くことなく立ち向かった。
俺にその強さがあるとは、思えない。

けれども母の意志、けして忘れはしない。



一〇十九年三月 <鳥居千万宮>

今月は悠が初陣となる。母さんと同じ剣士、母の忘れ形見のような存在だな。
悠は環や樹梨と比べ無鉄砲なところがある、今月は目を離さないよう心がけよう。
「兄貴!何言ってんだ!俺は母ちゃんから訓練うけてんだぜ?問題ないって!」
「父さん、悠の面倒は私が見るから、父さんは討伐に集中を」
「てめ、樹梨ー!!!」
「………悠が入ると途端にうるさくなるとは思ったけど、予想以上だわ。」
……母さんがいなくなった寂しさはまだ消えたわけではない。だが…悠の明るさや無邪気さはこういうとき助かるな。
付け上がるのでやつには言わないが。

今月は悠に戦いになれさせるためにも鳥居千万宮へと出陣を決めた。
仕組みにもだいぶなれてきた。分かったのは去年の末だが、どうも季節によりとおれる鳥居が変化するようだ…どんな仕組みになっているのかは分からないが体に害はなさそうだということだけは分かる。
以前燃えるような髪の鬼にあたったことがあるが、歯が立たなかった。今回は挑みたかったが…
母が居なくなった穴は想像以上のもののようだ。
「兄さん、怪我がひどいわ、今日は帰りましょう!」
…ああ、少し無理をしすぎたようだ。

(以下燃え髪大将についての記述、および季節ごとの鳥居の変化についての記述が続いている。)


一〇十九年四月 <交神:十六夜 伏丸>

そろそろ環の交神を考えねばならない。
奉納点や神格も考え、俺は十六夜 伏丸殿を推したいと思ったが…いかんせん犬神様でもある。さすがに、強制はできない。
「いえ、兄さん、立派なお方だし、私そういうの気にしないから。」
…時にお前は本当に俺の妹だと実感する。

環は堂々としたものでイツ花について交神の儀を執り行っていた。
一月の間蔵の掃除や、母が大切にしていた庭の整備をした。慣れていないためてこずったが、こういうものも、悪くはない。
樹梨と手合わせもしたが格段に力がついているな。悠の成長の早さも目をみはるものがある。
環も充実した結果が得られたと満足そうだった。

(書物で調べたらしい樹木の世話の仕方が走り書きで残っている。特に桜の手入れの仕方は細かく記述されている。)


一〇十九年五月 <九重楼>

……先月の終わりから体調が思わしくない…
母の手記によれば内臓に異変が現れたということだったが…体中が熱い。体の芯が溶けていくような気持ちだ。
環に薬の手配を急ぎさせ、討伐の準備を整える。…あまり時間がない、体が言うことを聞かない。
「兄さん、無茶はしないで。具合が悪いなら今月は―――」
俺がいかずして誰が行く。母さんも倒れる月まで討伐に出ていた。それに、まだ家族は少ないのだから。

今年の頭に七天斎八起を打倒してあったからか、楼までの道のりは比較的行き易いように感じた。
薬が効いているのだろう、体はいつもどおりに動く。
楼も二階まで制覇したが…悠が少し無茶をして重傷となった。まったく…落ち着きがないやつだ。
熱狂の炎、だったか。久しぶりに見たがおかげで益荒男刀などの武器に暴れ石などの術書も手に入ったのは大きな収穫だ。悠は帰ったらとにかく怪我を治すことに専念しろ。若いんだから回復にも時間はかからないだろう。
「ちぇー、兄貴厳しいよなー」
「まぁまぁ、今月も少し早く帰ってゆっくりご飯にしましょう」

部屋に戻り筆をとる。環と樹梨は夕食の準備を、悠は薬を塗ってとりあえず昼寝をさせてある。
……まいったな。こんなにも、早くに、時間がなくなるとは思っていなかった。
イツ花に茶を持ってこさせるが。

「え、と、当主様!?」
騒ぐな。不思議なほどに落ち着いている。
母とは違う症状。熱病のように体はあついが、思っていたよりもずっと意識ははっきりとしている。
そうだな、後のことは環に任せる。やつは兄弟の中では一番しっかりしているし、俺が居なくなった後も任せられる。
イツ花、お前には面倒をかけたな。
「いえ、当主様…で、でも、皆さんを…」

いや、いい。
後は任せたぞ。

………母さん、俺は、母さんのようには、なれなかったよ…

二代輝原家当主・輝原梢
享年一歳五ヶ月


後日イツ花の筆跡で梢の最後の言葉が、そして家族の様子が残されていた。
家族は翌日の朝、静かに眠る梢の姿を見つけイツ花が伝えた彼の遺言に彼の死と意志を受け入れた。

「誰でもひとりで生まれて、ひとりで死んでゆく…
 で、死ぬまで生き続ける」







  
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