当主の記録 四代目 輝原悠 酷く、あっけないと思った。 梢兄ちゃんも環姉ちゃんも、そして母ちゃんも、どうしてこんなにあっさりいなくなっちまったんだろうって思った。 別に望んでるのは何か特別なものじゃない、ただ家族が笑ってて、一緒に飯くって、一緒に訓練して、そんな日常を求めることはそんなに贅沢なことなんだろうかと何度も思った。そのために俺は戦った。 当主…俺は兄ちゃんや姉ちゃんみたく頭は良くないし、家族をまとめるなんてことも上手くはできない。 けど俺は男で、母ちゃんの息子だ。 やりきるさ。それが結果として家族を守ることになるならな。 一〇二〇年三月 <交神:愛染院 明丸> 姉ちゃんの遺体を庭の片隅に埋葬した。 そういや最初に母ちゃんの遺体を埋葬したのはあの桜の木の下で、兄ちゃんが決めたんだっけな。体は燃やして、残った骨だけだけど、せめて普通の人間みたいにそのまま神の元にお仕えできるように。 …皮肉なもんだな、この一年で桜の木は生長して、その枝ぶりは日に日に立派になってく。 以前から姉ちゃんらが話してたことなんだが、今月は円の交神の儀を行うことに。 あいつは特にまだ母親の死から立ち直れてない。だけど、あいつには悪いとは思うけど、そういうわけにはいかねぇんだ。だからあえて今月決行しようと思った。討伐に出ても無駄死にするのが目に見えているやつをおいてはおけない。 永の初陣がのびのびになっちまってるのが気がかりだが…変わりに俺が一月相手やるからよ、勘弁してくれよな。 「構いません。父さん、足の運びにまだ慣れない点があるんです、そこを見てもらえますか?」 …やれやれ、俺の子とは思えねぇほど頭のいいやつなんだよな。 円の相手は…本当は、環姉ちゃんと相談したかったんだけど、樹梨…姉ちゃんに相談に乗ってもらった。奉納点や妖力のことも考え、もう一度愛染院 明丸殿に頼もうかなと。 「私の父神様、よね?」 そうだな。…なんつーか、俺まで不思議な気分になったけど、ま、気にすんな。 …円、一月よく休んで来い。 儀式は俺が居ても邪魔なだけなんでイツ花と樹梨にまかせて俺は永と瑠華との訓練と……… ……わーてるって、ちゃんと手習いもやる。俺の後継ぐやつが俺の手記よめねぇなんてことになったら困るし………樹梨姉ちゃんに代筆してもらうわけにもいかねぇし…。 ま、ゆっくりした一月だったぜ。戻ってきた円も表情はよくなってたし―――樹梨姉ちゃんも、笑えるようになったしな。 (女性らしい字だが、最後の部分はお世辞にもきれいとはいえない字とあまり正しいとはいえない漢字で綴られている。 おそらく樹梨の追記であろう料理の献立や、食べられる草の覚書が続いている) 一〇二〇年四月 <相翼院> やっと永の初陣をもってやれた。例の指南書とやらを探しに行くついでに相翼院に行くことにしたけど、ここなら敵の強さも手ごろだろ。 円も随分元気出たみてぇだし、そこには瑠華の影響も強かったんだろうな。 いい姉妹みたいんだもんだろ。よし、お前らも揃って一緒に来い。 樹梨姉ちゃんはたまには休んでろって。 「いいけど…悠あんたちゃんと薬持った?永、悠が無茶しないように見張ってやってね?」 おい!ったく…俺だって少しは成長してるんだぜ? 相翼院に出向く日は不思議と天気がいいことが多いな。これも呪いだってんなら天もたまにゃ粋なことをしてくれるってもんだ。 しかしどうもこの指南書ってのが見つからねぇ… 「手記によればこのあたりで所持してる鬼がいるんだよねぇ?」 「収穫が悪いわけじゃないのは救いじゃない?」 まぁそうだな。術書は何本か手に入ったし、まぁ悪かねぇ。 …そうだ、なぁ永、お前の武器、それ母ちゃんが最後に使ってた武器だ。 「……初代様が?」 ナムチの剣、とかいう名前らしいな。ちゃんと手入れされてるから切れ味も悪くなかったろ? …ま、びっくりしたぜ、お前の剣筋母ちゃんに似てんだからな。血、か?すぐに俺より強くなるんじゃねぇの?俺も気合いれねぇとなー! 帰ったらイツ花と樹梨姉ちゃんが飯を作ってくれてた。くー腹へったぜー!!! お前らもたらふく食えよ!! (やけに大きく汚い字で日記らしきことがつづられている。相翼院の地図を描こうとしたのか、途中で断念した跡がのこる。がんばったらしい) 一〇二〇年五月 <相翼院> 今月最初の仕事は円の子供の迎え入れ。円に似て生意気そうな娘だな、っと、怒るなって! そのへんの男よりたくましいっつーけど、そら円の娘だもんなー!! 「ちょっと悠!喧嘩売ってるわけ?!」 「もう、そんなことで喧嘩しないで、名前は決めてるの?」 そうそう、まず名前つけてやらねぇとな。へぇ、環姉ちゃんと同じ赤い髪に、円と同じ赤い目なんだな。二人よりは血色いい肌してっけど。で?なんて名前にすんだよ。 「歴(ゆき)って名前を考えていたんだけど…」 うん、いいじゃん。お前の後を継がせるつもりだ、指導は任せたぜ。 そんでもって今月は瑠華が元服だ。めでたいことは重なってもいいもんだな! イツ花、今日は祝いだから飯豪勢にしてくれよな!あ…いちおー元服式、ってのやらなきゃならねぇんだっけ…?俺そういうのよくわからねぇんだよなぁ… 「別にいいよ!そんなかたっくるしいの面倒だしさー、その代わり今日のおかずは私の好きなのにしてよ!!」 へいへい、イツ花に頼んどいてやるよ。 さて、祝い事ばっかってわけにもいかねぇからな、今月も相翼院、指南書ってのがあるって話だからどうしても手に入れておきたい。 職が増えれば戦略にも幅が出る、そうすれば、一歩でも朱点に近づけるはずだ。 歴の指導は円に任せて、四人で相翼院。今月こそ手に入ればいいんだけどな。 「指南書とはどんな職業のものなんですか?」 いや、それはまだ知らねぇんだけど…俺はたまに都の方にも様子見に行ったりとかしてんだけどさ、そこらでちょいと聞いた感じ槍や扇をつかう職業ってのもあるらしいな。ま、俺は剣士が一番性にあってらぁ。 あいにくと指南書は見つからなかったが…『お雫』って術書とか豪姫の長刀とか若葉の衣とかも手に入った。このあたりの装備はありがたいな、何せいまやすーっかり女系家族だしよぉ。 このお雫ってやつも傷なおすやつだろ?俺生傷多いから助かるぜー! そういや!今回は変な臍おした!なんだあのぶっさいくな動物、鼻めっちゃ長いんだぜ?あら面白いよなぁ…あれも神さんの像なのか?とりあえず俺が交神した木曽ノ春菜とかいう神さんはべっぴんだったけどよー。 「……悠、あんたってやっぱり大物よ。恐れ知らずの大ばかもの…!!」 ひっでーなぁ。ま、なんでもいいや、臍押したら道が開いてさ、これで少し進軍が楽だな。 (こまめに都も見に行っているのか、おいしい店や地図が書きなぐられている。 おそらく似顔絵なのであろうが、しめ縄の生えた棒人間の隣に歴と。さらに何のつもりか、長い鼻を生やしたふくわらいのようなものの絵が大きく描かれている。ぽたりと墨をこぼした後が随所に。 少しは人間が読める字に近づいた模様。) 一〇二〇年六月 <相翼院> 来月…えーっと、なんだっけ? 「輝原家に福招くミィちゃん像」 そうそう!!そんな名前のが建つらしいぜ。で、何で建つの? 「…もぉお!!うちらがお金だして寺なおしたりしたじゃない!!」 そいでそのなんちゃら像建てるのか?ならその金都の復興にまわしゃいいのに。俺んな像いらねぇし。ま、とりあえず応援してくれてるみたいだし喜んどくか?あの寺のじっさんに礼でもいっといたほうがいいのか? 「…あんた、いつ都の人と仲良くなったの?前までこの髪の色とかでかなり疎外されてたってのに」 いやーまだ結構いろいろ言われるぜ、でもじっとしてんの性にあわねぇしな。 さーて、今月も相翼院ってね。最近ここしかいってねぇなぁ。 ま、天気もいいし、弁当も美味いからいいけどよ。白骨城、だっけ、とかも見えたんだけど、優先順位ってのはあると思うからさ。 しかしでねぇなぁ…… (いったい何を想像したのか、前衛芸術を思わせるものすごい絵の横にみいちゃん像とこれまた物凄い字で。 収穫は少なかったらしく、討伐の記述は少ない) 一〇二〇年七月 <相翼院> さーてと、今月も今月で相翼院といくかね。 ま、今月はお上から支援金も出るって話しだし、悪い話じゃねぇだろ。 「かまわないかまわない!相翼院は過ごしやすいもんねー」 「そうそう、天気がいいから歩きやすいし♪」 とまぁ女どもには好評みてぇだな。ま、確かに鳥居千万宮とかよりはやりやすいけどな。 今月は歴が初陣、円、ちゃんと面倒見てやれよ?樹梨姉ちゃんと瑠華は今月留守を頼む。母ちゃんの桜がちょっと元気なかったからさ、みてやってくれねぇ? よーし、弁当もった、着替え持った、よしよし。 やっぱあの妙な像の臍押しといたのは正解だったな、断然進みやすいし時間も有効に使えるのはありがたい、この屋根があるところは魔物も入ってこねぇみてぇだったし、ここを拠点にして討伐してたからずいぶんやりやすかったな。 初陣の歴もいるしな、無理はさせられねぇ。しっかしあの長いみつあみ、よくふまねぇなぁ。 「やだなぁ、そんなに長くないよー、それより弓の腕のほう褒めてくれないわけ?」 へいへい、ったく、本当に円に似て気つえぇの。 そういや、今月なんか赤い火があったんだよ。あれ熱狂の火、っていうんだよな…? 道具が手に入りやすいって話だったけど…そのかいあって指南書とったぜ!!!槍の指南書…へぇ、噂で聞いた槍使いの指南書か。そうだな、瑠華も元服したし、その娘とかに気が向いたらさせてみっか? 「……お父様、その指南は、お父様がなさってくださいね」 あ?俺が?いやー俺も新しい指南書には興味あるけどな。でも俺字読むの苦手なんだよなぁ…永、お前が教えてやれよ、お前頭いーしすげぇいいとおもうぜ! とりあえず今月は目標達成!凱旋だぜ! 「おかえりなさい、ついに指南書を手に入れたのね!」 おうよ、これで来月からは違うところにいけるな。そうだなぁ、永、お前に決めさせてやるよ!お前相翼院にしかいったことねぇだろ?どこがいいよ?白骨城もぎりぎり間に合うんじゃね? 「あの、来月は御前試合があるって」 あ、そういやそっか。……なぁ、そろそろうちも出場してみねぇ?もう実力もついてきたし十分対抗できると思うんだ。 「面白そうね!腕試しになるわ!!」 だろ? さーて、樹梨ねえちゃん、イツ花、飯の前に俺手記書いて一眠りするわ、疲れたよー! 何か、ねみぃ―――――――― 「悠叔父さん!?」 ……あれ、俺どうして布団にいんだ?おいおい、みんな、なんて顔してんだよ。 せっかく巷じゃ美人揃いの輝原家っていわれてんのに…っ、台無し、だぜ…? 「ばかっ!!何無理してるのよ!!何で言わないの!!」 あはは…俺さー、馬鹿だからさー、全然気づかなかったし。 「そんなわけないよ!顔、まっしろだよ…!!」 「ごめんなさいっ…!!わ、たし、き、づかなく、て…!!」 だー、泣くな泣くな。お前ら鼻水たらして、変な顔だなー!!って、いててて…殴るこたねぇだろ姉ちゃんー。 はー、まぁちょっと疲れはした、かもな。 なぁ永、やっぱ来月はお前がしたいようにしな、討伐試合出てもいーし、好きなとこいってもいいし。お前にとっちゃいい父親とはいえなかったもんな、お前に残してやれんのはこれくらいだ。 「…っ!わた、し、まだ、教わりたいことが…!」 大丈夫だって、お前に頼りになる姉ちゃんが、たくさんいるじゃねぇか。 瑠華、円、お前らもいつもどおり、騒いだらどうだよー、辛気くせぇな。 「…真っ白な顔で、何いって…るのよっ!」 「そうよ!最後の最後までそんなへらへらした態度で…!あんた当主でしょ!ねぇ、しっかりしなよ!!」 あーうるせーなー、床で怒鳴るなっつの、耳いてー。おい歴、お前はもうちょっと上品に、なるんだぞ? 「……っ」 順番、そうだな、順番だよ。 なぁ、樹梨姉ちゃん、俺姉ちゃんに迷惑ばっかかけたな、ごめん。 「なに、いって……っ!!」 イツ花にも、迷惑ばっかかけてよ。 でもさ、俺、幸せだったぜ?全然後悔ねぇの。これっぽっちも。樹梨姉ちゃんがいてくれたから、母ちゃんたちが居なくなった後も立ち直れた。 俺って昔っから悪運つえーんだけどさ、最後まで、こんな充実した気持ちで逝けるとは、思わなかったぜ…… ――――――――なんか、ねみぃや。 なぁ樹梨姉ちゃん、今月の手記、かいてくれねぇ…? 永に、書き方、教えてやる時間がなかったのだけが………残念…だな。 四代輝原家当主・輝原悠 享年一歳六ヶ月 穏やかな微笑を浮かべ、まったく苦しむことはなくその生涯を閉じる。 彼が息を引き取った後、滑り落ちるように指輪が落ち永によって引き継がれた。 そして意識をなくす最後の瞬間、彼は満足げにその言葉を残したという。 「次に生まれてくるときも 俺は輝原の家に生まれたい」 |