2代目当主 千里の手記






1019年 3月

 二月の末、父、初代当主新が享年1才6ヶ月で永眠し、私が「新」の名を継ぎました。
 最後の討伐に出かける時には、きっともう体は辛かったのでしょう。それでも、私たちを不安にさせるようなことは一言も口にせず、悟らせず。父は最期まで…――
「母さん? イツ花が戻ったようよ」
 ああ――ありがとう、万里。すぐ行くわ。

 当主になった私が最初にしたことは、新しい家族を我が家に迎えること。
 イツ花が連れてきてくれた私の二人目の娘は、ふわふわとした髪にリボンが似合う人なつこい子だった。顔立ちは、私や万里よりも可愛らしい感じかな。でも髪の色や瞳の色は、姉の万里とそっくり同じ。さすが姉妹ね。
 里杏、と名付けました。こちらも姉妹らしい名にしたつもり。
 イツ花が言うには、煮魚以外はパクパク食べるのですって。きっと元気な子に育つわね。
 私と同じ薙刀士になってもらうことにしたから、この子の訓練は私がつけます。だから、今月と来月は仁と万里、二人で出撃してもらうことになるけれど……大丈夫?
「兄さんと私なら大丈夫だと思うわ、母さん」
「ああ、万里が相棒なら心強いよ。任せてくれ」
 と、しっかり請け負ってくれたので、無理はしないようにと言い含め、仁を隊長に指名して相翼院へ行かせることにしました。
 万里は仁を兄同然に慕って、よく言うことを聞いてくれるよう。この様子なら安心と送り出したのが、梅の蕾がほころび始めるかどうかの頃。


 そして、里杏に指導を施しながら二人の帰りを待つ間に、庭の白梅は満開を迎えて咲き、やがて散りはじめた。
 梅の花――もう、あれから、一年になるのね。
 ……たったの一年しか経っていないのに、私たち一族は死んでいくのね。

 ―――― 千里。

 もう二度と聞けないはずの声が聞こえてくるようで、目を閉じてみる――


「千里、体が冷えないか?」

 ――――
 …じ、ん?
「?」
 仁、なのね。おかえりなさい。いつ討伐から戻ったの? 少し早かったのね…
「ついさっきだよ。門のところで、ただいまって声かけたけど……聞こえなかった?」
 ええ。ごめんなさい、ちょっと考え事、していたみたい。
 ――仁。背が伸びたわね。ほんの一月見ない間に。
「背…そうかな? そういえば、千里の背がちょっと低く感じるかな。
 万里と二人の時は気付かなかった。きっと万里も同じだけ伸びてるよ。今玄関で里杏を構ってる」
 本当に。体つきも声も、いつの間にこんなに男らしくなったんだろう。
 顔立ちは、ほんの小さい頃からはっきりそうとわかるほど、父さんそっくりだった。肌の色も髪の質も、何より目許が生き写しだと思ったわ。その視線がもう父さんと同じ高さにある、それだけで、そのことだけでも胸が震えてしかたないのに、
 ――声まで同じだなんて。
「千里…? 千里、もしかして具合が悪いんじゃないのか。イツ花に言って温かいものを…」
 いいえ、違うの、何でもない……でも、ごめんなさい。今だけちょっと一人にしてくれる? 万里にも、夕飯までゆっくり休むように伝えてあげて。
「…わかった。それまで里杏の面倒も俺が見とくよ。体、冷やさないようにな」
 ありがとう、仁。

 当主の私がこんなことじゃいけない。しっかりしなくちゃ、ね……



1019年 4月

 帝が強化月間のお触れを出されたので、出撃隊はまた相翼院へ。
 帰ってきた二人が巻き物をいくつか差し出してくれました。……これは、槍の指南書?
「ああ。熱狂の赤い火が燃えてね、手に入れてきた」
「しかもその後、術の書も二本手に入って」
 そう。よくやったのね、二人とも。大きな怪我はないようだし、無理はしていないわね。
「大丈夫、母さんを心配させるようなことはしないわ。
 里杏は?」
 着実に力をつけているわ。里杏、いらっしゃい。
「はーい、おかあさん……あっ、仁さん、ねえさんお帰りなさい!」
「ああ、ただいま里杏。ちょっと見ない間にすっかり大きくなったな」
 ええ、そうね。子供の成長は早いものだわ…。



1019年 5月

 仁が元服したので交神してもらいました。お相手は葦切四夜子さま。
 潔斎を済ませた仁を送り出した後は、私と娘たちはゆっくり過ごさせてもらったのだけれど。
「……なんだかずいぶん小さくて可愛らしくて、わけもなく申し訳ない気分になっちゃう方だったなあ」
 儀式を終えて戻ってきた後、仁がなんとも決まりの悪そうな顔でそう漏らしたのが忘れられない。



1019年 6月

 早いもので、万里が元服。
 それからこの月は、またも相翼院が討伐強化月間で、初陣の里杏を含めて家族四人で出撃しました。
「強化月間はありがたいけど、なんだか相翼院ばっかりだな」
「相翼院は都に近いし、帝も気にかけておられるんじゃないの」
 そういえば去年から強化月間に指定されるのは相翼院ばかり。あなたの言う通りなのかもしれないわね、万里。
 討伐は、里杏が初陣ということもあって少し慎重に進めたけれど、ドクロ大将の率いている小鬼ならだいぶ危なげなく倒せるようになっていました。
 里杏はとにかく前へ出て敵を薙ぎ払ってくれました。積極的なのね。この子の辞書に「後退」の二文字はないみたい。



1019年 7月

 七月。先月からなのだけれど……目眩が多くなってきた。
 けれど寝込んでもいられない。仁の娘が家に来るのだもの。
 波打つ赤毛の女の子。父や仁の血を受け継いでいることがよくわかる容貌で、なんだか嬉しいな。
 目が合ったとたん、恥ずかしそうにうつむいて仁の後ろに隠れてしまったけれど。迦南、と名前を呼んだら、少しして前へ出てきてきちんと挨拶してくれた。
 仁は迦南を槍使いとして育てることに決めた。さっそく訓練をつけ始めて、筋がいいと喜んでいる。

 それから同じく七月、万里が根来ノ双角様と交神。
 イツ花に聞いたところでは、万里は意外に面食いだそうで、鎧兜で顔をほとんど隠していらっしゃる双角様では気が進まないのでは、と密かに心配してもいたのだけれど……要らぬ心配だったのね。双角様は真面目で礼儀正しい方だそうで、万里も好印象を持ったようでした。
 万里の子が家に来るのは再来月。
 これでこの家ももうすぐ六人家族になって、少し手狭に……
 ……
――っ、千里!?」
「母さん!」

 ……手狭になる心配は、しなくていいみたいね。
 ごめんなさい、私はこれまでだわ。
「お母さん……」
 里杏。ごめんね、もう少し一緒にいてあげたかったのに。
 先月から体調が優れなかったから、もしかしてとは思っていたのだけどね。
 水が零れるように、体からどんどん命が零れていっているのがわかる……
 ……ねえ、仁。最後にもう一度、千里、って……
 いいえ、何でもない。
 次の当主は、仁にお願いね。父さんが亡くなった頃にはもうすっかり頼れる男になっていたもの、あなたなら安心……



 2代目当主 千里永眠  享年1才7ヶ月

   「庭に白梅があったでしょ
    あの下あたりがいいナ あそこに埋めてくれる…?」




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