6代目当主 若葉の手記






1021年 4月

 迦南の文机を整理してたら、当主の記録と一緒に大江山討伐についての書き付けを見つけたわ。
 仁王門まで山道がどう続いてるか、紅こべ大将や悪羅大将がどんな編隊で襲ってくるか、鬼の襲撃を凌げる岩陰がどこにあるか。
 出撃隊長は敵の集中狙いを警戒して防御を固めておくべきこと。山門の仁王と戦った時の所感と反省。
 そんなのが、几帳面な字でいちいち丁寧に書き留めてあるの。なんだか迦南らしすぎて泣けちゃったわよ。
 ……そうよね、あの子大江山経験は一番あったのよね。三度も登ってるから。
 迦南、あの子もさ……よくやったわよ。優しすぎるとこがあるから、いろいろ辛そうなことも多かったけど。立派だったと思うわよ。
 その迦南に頼まれちゃったからには、私も六代目としてびしっと決めないとね。正直なとこ、私ももういつまで生きられるやらわかんない年だけど、やれることはやろうじゃないの。

 それで今月は、依那の交神の儀。子供つくって、強い槍使いになってもらわなきゃ!
 だけど依那が選んだ相手、鳳あすか様なのよね。私もさすがに聞いてちょっとびっくりした。三度目じゃない、あすか様。
 でも依那は弱点を補ってくれる神様がいいっていうから……確かに風だわね、依那の弱点って。それに、
「神様の名前と姿絵だけじゃどんな人だかわからないんだもん、選びづらくて困るよ。素質だけいいから交神する、っていうのはあたしちょっと嫌なんだ。その点あすか様だったら、あの人はいい人だって里杏姉さまも若葉姉さまも言ってたから、安心してお願いできるじゃん」
 …っていうのにも納得しちゃったから、それじゃあすか様によろしくねって送り出したわ。あすか様、今頃あっちでびっくりしてるかも。



1021年 5月

 さて! ここんとこ交神続きだったけど、今月は討伐に出るわよー。
 …って言っても、私は行かないんだけど。鈴鹿に隊長になってもらって、行き先は鳥居千万宮かな。
 安曇と昂牙は揃って初陣。二人いっぺんにってのも何だけど、あんまり心配はしなかったわ。鈴鹿と依那が引率してくれるもんね。
 案の定、稲荷ノ狐次郎まで討ち取って揚々と帰ってきたわ。昂牙はさっそく奥義を試してみたって。使い勝手どう? 上々? うん、そりゃ良かった。

 それにしても……
 安曇、昂牙。あんたたち、誰かが攻撃受けたら常盤の秘薬ぐらい使いなさいよね。隊長の鈴鹿が危なくなってるのにまるで回復しようとしなかったっていうじゃない。
「でもなぁ、若葉姉。回復してる暇があったらそのぶん斬って、とっとと戦闘終わらせたほうが確実じゃないか?」
「そうよねぇ」
 …あんたら……
 鳥居のザコぐらいなら、まあそれでもいいかもしれないけど……あのキツネさんみたいな大物相手の戦闘はねぇ。頼むから、攻めるか守るかよく状況見て判断してよね。――鈴鹿と依那は知ってるわよね。ほんとに、やられちゃう時は一瞬よ? 油断だけはしないでちょうだいよ。
「それはない」「してないわ」
 ん。それならよし!



1021年 6月

 依那の子供が来た。また男の子。今度は続くわね。
 何やらこっちに着くなりイツ花のお尻を触ってひっぱたかれたらしいんだけど、この子……ちょっとどこで教わってきたのそんなイタズラ。
「このやんちゃ坊主。ダメだからね、イツ花が素敵なお姉さんだからってそういうことしちゃ」
 依那はピシッと叱った後に、「でも元気でよろしい! よろしくね広渡!」――って、依那ってば意外といい母親になるのかも。うーん、私たちの末っ子だと思ってた依那がついに母親かぁ。私が年とるわけよねー。
 そうそう、子供の名前は広渡。槍使い。
 素質見てびっくりしたわー、技の水がものっすごい高いの! さては白浪様から継いでたのね。これなら術、相当得意になるんじゃない? 楽しみ。
 依那は討伐に出なきゃいけないから、今月の広渡の訓練は私ね。任せてよ。

 討伐のほうは、夏になってまた白骨城が姿を見せたから、今月も鈴鹿を隊長に四人で行ってきてもらったわ。恨み足倒して余裕で帰ってきた。
 依那の使ってる木霊の弓、あれどこで拾ったんだったかしら。こないだ二人で行った九重楼だっけ?
 これが抜群に良かったみたい。紅こべ大将が連れてる化けネズミ、こいつが体力も戦勝点もバカ高いんだけど、木霊の弓で撃つと3倍くらいダメージがいくんだって。おかげでずいぶん楽々戦勝点稼いできたらしいわ。
 しかもこの弓、たまに当たった敵を眠らせる効果があるみたいなんだけど……恨み足を寝かせちゃったっていうから恐れ入るわね。
「その間に全員でボコ殴りにしたから無傷で勝ったぜ。いやぁ大笑い」
 だからまたあんたは笑ってんじゃないわよ昂牙……はい安曇、あんたもそこ一緒になって笑わないの。ボスを甘く見るなってのにもう。
「ごめん若葉さん。今回は私たちもちょっと笑っちゃった」
 なーに、鈴鹿まで? ……んー、まあ気持ちはわかるし、いっか。あはは。



1021年 7月

 今月は白骨城が討伐強化月間なんだって。先月行ったばっかりだけど、じゃあせっかくだから、今月も行っとこうかってことになった。
 広渡の指導役は、今月も私。お母さんに見てもらえなくて寂しいかもしれないけど、我慢して気合入れてよね、広渡。
「…べつにいい」
 そーぉ? …ま、これくらいは突っ張ってみるのが男の子ってもんかな。ふふーん。
「笑うなよ当主様! べつに寂しくないし! ……かーさんの指導、きっついしさぁ」
 ん? そういえば、先月帰ってきてから依那がしばらく広渡に術教えてたんだっけ。笑顔でスパルタだったのよね。依那はほら、自分の普段の訓練も絶対に手抜かない子だから。
 じゃ、今月は術の練習中心にいこうか。私正直、もう体調がガタガタで疲れ回復しないから、そっちのほうが助かるんだわ。

 討伐隊の四人は今回も無事に帰還。白骨城の10の丸まで足を伸ばしたって。でももっと奥がある様子だったみたいで……広いわねあそこ。
 鈴鹿や依那から討伐の様子聞いてると、安曇も昂牙もすっかり強くなったみたいで、私も安心。心置きなく逝けるってもんよ。
 ――ああ、ごめんね、でも冗談事じゃないんだ。
 ちょっともう、本当に駄目だわ…これ。我ながら、けっこう長く頑張ったけど、もう七代目当主…選ばなきゃな。

 依那、この指輪、あんたに頼むわね。
 朱点童子の討伐隊長はあんたよ。頑張ってよね、私応援してるからさ……
 なーに、泣かないでよ?
 だって、わかってたことでしょうが。私が大江山には間に合わないってこと。
 ……自己満足だなんて思ってないわよ、私は。迦南も私も与えられた命数の中でやることやったんだもん。生ききった、って言ってほしいとこよね。
 だからさ、泣くところじゃないの。あんたたちの涙は半年先までとっとかなきゃさ……今流したらもったいないじゃない。…鈴鹿…依那、もう、こっちまで泣けてきちゃうじゃないよ。
 …あ。ねえ安曇?
 呪いが解けてまっとうに生きられるようになったら、あんたも子供つくりなさいよ。可愛いから。
 うん、あんたみたいな娘を持つってのも、結構いいもんだったわよ。
 あすか様はいい男だったし、交神もそんなに悪いもんじゃなかったけど……あんたは神様とじゃなくて、今度は人間の…誰かいい人とさ。今度は戦いのためなんかじゃなくて、幸せに長生きするために生まれてくる子よ。楽しみだわー。
 そうね…あんた似の娘かカッコイイ息子、期待してるわ。
 それじゃ、ね。



 6代目当主 若葉永眠  享年1才10ヶ月

   「私なんかのために涙を流さないでね
    だって もったいないじゃないよ」




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